ただいまより、2月度「総幹部会」を開催いたします。
次に2月度、折伏成果発表。E本部幹事!(ハイッ!)

パチパチパチパチ・・・ 

…だいぶ省略しましたが、総幹部会のひとコマを再現しました。
折伏成果発表って、緊張感ありますよね。
たしかE本部幹事は、関西地方で隊長を務めていた人でしたよね。 

総幹部会のなかでも、この「折伏成果」に注目したいのですが。
Eさーん、ちょっと待ったぁー!(笑)「折伏成果」発表の前に。
顕正会における年間の活動リズムを、お知らせしなくてはなりませんね。

つべこべ説明するより、ここは浅井会長にご登場いただきましょう。
それでは、浅井先生指導! パチパチパチパチ・・・・。

フライング気味で恐縮ですが、この翌月の3月度総幹部会で、
一年の活動リズムをご説明くださっています。
顕正新聞・昭和63年4月5日号をご覧いただきましょう。

 S63/4/5 年間活動リズム











顕正会「一年の前進のリズム」
  • 1月         教学の月
  • 2月・3月・4月       折伏の月【序盤戦
  • 5月         指導の月
  • 6月・7月       折伏の月中盤戦
  • 8月                    指導の月
  • 9月・10月・11月 折伏の月終盤戦
  • 12月         指導の月

内容をまとめると、こんなところでしょうか。
経験者なら、目をつぶっても完璧に答えられますよね(笑)

このように顕正会には、毎年定められた活動リズムがあり、
会員たちは、それぞれ月ごとの目標に向かって活動を進めていました。
そこには、大きく分けて「折伏の月」「指導の月」「教学の月」があります。

「折伏の月」とは未入信者への布教(=勧誘)強化の月、
「指導の月」とは、入信者への指導徹底と人材育成の月。
「教学の月」とは、恒例の教学試験を受験&推進する月ですね。

さらに折伏の月を「序盤・中盤・終盤」と区切って
月ごと・年ごとに計画を立て、浅井会長の掲げた目標に届くよう、
より多くの入信者を獲得するのが、活動家の務めでした。

顕正会でよく聞く「法戦」とは、この「折伏の月」の布教活動を指します。
顕正会用語は、なかなか独特ですよね。たとえば、年初めの2月法戦は
「初陣(ういじん)戦」と呼ばれ、果敢なスタートダッシュが求められます。

ああ〜、憂鬱…。(涙)

その次にむかえる「指導の月」は、座談会や勉強会や訪問指導、
またはこの年のように、大規模集会が開かれることもありました。
ただし「指導の月」だからといって、会員は折伏の手を緩めたりはしません。

かしこい会員は「指導の月」の間にも入信者を増やし、
いの一番に班誓願をやり遂げ、優越感に浸るのです。
理由は、あとで楽したいから。夏休みの宿題と一緒ですね。

あくまでも、かしこい会員限定ですが…(苦笑)

ちなみに機関紙推進はこの「指導の月」にあたる5月・12月の年2回、
また広布御供養はこの時、毎年8月に実施されました。

現在は機関紙が5月・御供養が12月と、それぞれ年1回の推進となりましたが、
この活動リズムは今でもほぼ変わらずに、繰り返されていますね。

さあ、顕正会の年間の活動状況を把握いただけたでしょうか。では本題に入ります。
約30年前の昭和63年2月、折伏成果はいったい何人だったでしょうか?

S63/3/5 総幹部会概要S63/3/5 折伏成果一覧
















二月の大法弘通、二、三四二名

やりましたね、E村本部幹事!
先月の総幹部会で宣言した「二千人」の誓願を上回る快挙ではありませんか。

さらに顕正新聞・昭和63年3月5日号「二月度折伏弘通一覧」を見ますと、

2月度の折伏弘通は2,343名、
2月末の会員総数は142,621名

ここで「あれ?」と思われたかたも、いらっしゃると思います。
そうです。この当時は1ヶ月法戦が標準、長くとも2ヶ月の短期決戦でした。

今では、3ヶ月・2ヶ月という長期法戦が当たり前になりましたが、
折伏締め切り日までたったひと月、その間に結果を出さねばならない。
活動家にとっては、よりハードな環境だったのですよ。

というわけで、以下はひと月単位で検証してまいりましょう。
「1ヶ月で2000名」の折伏と聞いて、みなさんは「少ないなあ」と感じましたか?

28/5/5 総幹部会28/5/5 折伏成果一覧



















変わりまして、こちらは顕正新聞・平成28年5月5日号です。 

ことし4月に、顕正会は総会員数180万人(公称)となりましたね。
5月5日号によれば、2・3・4月入信者数の合計は30,247名。
これを単純に3で割ると、約1万人ですね。

数字だけ見れば、顕正会はいかにも前進していそうな勢いですが、
できるだけ公平に近づけるためには、この1万人を何人でやり遂げたか。
つまり、底辺を見なくてはなりませんよね。

本来なら実働会員数を割り出したいのですが 正確なデータに欠けるため、
まずは単純に、総会員数をもとに比較しましょう。

なお、ここでの「総会員数」は前月、すなわち前法戦終了時の数字です。
すると折伏成果の総会員数に占める割合は、次のようになります。

・昭和63年2月 会員 約14万人に対して  2000名/月⇨1.4%
・平成28年4月 会員 約177万人に対して 10000名/月⇨0.6%

計算を簡単にするため総会員数・折伏成果とも、概算で示しました。
ひょっとしたら、過去にも検証をした方がおありかも知れませんが、
少ない手がかりによる不確定な数字に過ぎません。そこはご容赦を。

あらためて比較すると、どうでしょう。
昭和63年のほうが割合は高いですよね。ただ、それほどの差異は感じません。
よりリアルな実態をイメージしていただくには、やはり実働会員数で勝負したいですね。

ブルーベリー
ふう〜。
ともかく数字ばかり追ってますと、目が疲れます。 
ただでさえネット三昧で、眼精疲労なのに。

そこで、小休止。
自家製の巨大ブルーベリーをいただきます♪
もともと数字には弱いほうでして、計算違いがあるかも。
以下は、遠慮なくツッコミ入れてくださいね!

ああっ・・・急に目が見えるようになったぞ!( 功徳!?)

なにぶんデータ不足で恐縮ですが、やるだけやってみましょう。
数名の現役さんの推測をもとに、総会員数の2割が実働会員だと仮定しましょうか。
先ほどの総会員数(概算)に0.2を掛けると、次のとおりですね。

昭和63年2月  28,000人  
平成28年5月  354,000人 

さらに、この実働会員数を先ほどの折伏成果(概算)で割ります。
実働会員数のなかで、折伏成果に結びついた割合を算出するためですね。

すると昭和63年には実働会員の14人にひとり、平成28年には35人にひとり
ひと月に1名を入信させた計算になります。 
つまり、1名の折伏成果に結びついた割合は 昭和63年が7.1%、平成28年が2.8%。

だんだん複雑になりましたが、ついて来てくださいね ♪※□×£◎y$△§…

実際には、ひとりで2名以上の成果をあげる活動家も少なくないため
あくまで平均的な数値ではありますが、ともに実働会員数が全体の2割だとすると。
前者ではそのうち7.1%が、後者では2.8%折伏1名を決めたという結果になります。

こうして実働会員数で試算すると、かなりの差が出ました。
折伏成果「2,343名」は、けして軽微ではないですよね。
むしろ少ない実働数で成果を出せた昭和63年のほうが、好成績ではありませんか!

いやいや、そんなはずは…というご意見も、おありだと思います。
各所で問題視されていますように、脱落者や死亡者を反映しない
公称の総会員数じたいが破綻している、その説のほうが根強いですから。

しかも「顕正会組織に実働会員が2割もいるのか?」と問われたら、やはり迷います。
今となっては果たして何割いるのか想像もつかないし、
現役時代には、2割どころか1割にも満たなかったのが実感ですよね。

そう考えると、この検証も実数とはほど遠く机上の空論に過ぎないでしょう。
ただ、わたしには心にかかる言葉があるのです。


H23/4/5 総幹部会・順縁広布H23/4/5 総幹部会・上野抄 そして、大聖人様の御在世は
一国が怨(あだ)をなした
逆縁広宣流布の時であった。
しかし大聖人様は「末法濁悪の未来」に、
日本国の上一人より下万民に至るまで
南無妙法蓮華経と唱え奉る順縁広布の時が、
必ず来ると御断言であります。
 そのことを上野抄には
「ただをかせ給へ、梵天・帝釈等の
御計(みはから)いとして、
日本国一時に信ずることあるべし」と。


(平成23年4月5日号より)



そして時いたれば、こんどは逆縁ではなく、H24/4/5 順縁広布
全日本人が日蓮大聖人を信じて
南無妙法蓮華経と唱え奉る
順縁広布の時が必ず来る。
それはいつなのかといえば、
今がまさしくその前夜であります。

このことを大聖人様は
「ただをかせ給へ、梵天・帝釈等の御計いとして、
日本国一時に信ずる事あるべし」
と御予言されている。


(平成24年4月5日号より)

いずれも、浅井会長講演より抜粋しました。
現物がなかったため、平成23年および24年の画像は、
下記のサイトでお借りしましたよ。


このように浅井会長は、たびたび「順縁広布」を予言し、
「今がその前夜である」と示唆されています。

折伏には逆縁と順縁がある。これは当たり前だとしても、顕正会の前進が本物なら。
大聖人御予言の「順縁広布の時」が、間違いなく今ならば。
30年前よりも成功率はアップし、順縁者が増えるはずではないのでしょうか。

要するに数字は伸びているようでも、会員が思うほど顕正会は前進していない。
あの時は戦いが遅れているなんて、夢にも思いませんでした。
むしろ大幅に後退しているのかも…それを知った
ときは、愕然としましたよ。

年々増えていく折伏成果に惑わされず、その数字の裏にひそむ衰退を見抜いていたら。
浅井会長のでっかい夢物語に、つきあわされる事もなかっただろうに。
それを思うと、
とても悔しかったです。

性懲りもなく「広布前夜の魔障で、実働会員数が減少しているのでは?」
という可能性もさぐりましたが、こんどは現在の実働会員が1割だとしますよね。
ひと月法戦の間に折伏1名を決めた割合は17人にひとり。全体の5.6%。

どうあがいても、約30年前の7.1%には及びません。(涙)
しかも実働会員数が減って、折伏の成功率も低下しているとしたら。

平成25/11/25 女子部大会


「今ぞ御仏意(ごぶっち)による順縁広布の時」(平成25年 女子部大会より)

という浅井会長の言説が、根底から崩れてしまいますね。

それでも「広宣流布が近づけば順縁広布」と信じて戦う顕正会員がいます。
「あと○年」「あと○人」と、けなげに誓願をまっとうしようとする活動家がいます。

わたしは多くの人を入信させ、折伏成果を伸ばす会員を評価しているのではありません。
逆縁ばかりで微々たる成果しか出せない幹部を、責めているわけでもありません。

ほんとうに顕正会は前進しているのか?

ただ、この根本的な疑問を突きつけたくて、昭和63年の折伏成果をとりあげました。
つたない試算におつきあいくださり、ありがとうございました。

なお、それまで各班で自発的に立てていた「折伏誓願」は、
昭和63年4月度より浅井会長が決定し、各班・各組織に振り分けられる事になりました。
くわしくは、3月度総幹部会のページで触れていきますね。

そして、次回は昭和63年の顕正新聞より「やさしい教学」の話題です。
どうぞ、お楽しみに。


 

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