関東地方は桜の時期を過ぎ、さわやかな陽気です。
月初めは肌寒さがつづいたせいか、満開まで待ち遠しかったですね。

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まだ5分咲きだった、4月上旬のこと。
街路樹のソメイヨシノが花を咲かせていました。

ここは都内某所。
開花宣言から天候不順の日がつづくなか、幸いにして晴天に恵まれました。
この風景に、見覚えがある方もいらっしゃるでしょうか。

上の写真は、昨年と同じアングルで撮影したものです。
そうです。このブログを始めたのがちょうど一年前で、
ブログの書き出し「はじめに」に、おなじ街路樹の桜を載せたのでした。

きょうが初めての訪問というかたも、いらっしゃると思うので。
昨年の桜を、あらためてご覧に入れましょう。 


都会の桜2016


うーん…。こうして見比べますと、おなじ場所・おなじ角度で
カメラを構えたつもりが、それぞれにちがう風情です。
過去の出来事も、時が過ぎるとふと、違って見えることがありますよね。

おかげさまで「顕正会ノスタルジア」はこの春、二年目をむかえました。
みなさまのあたたかなご支援に支えられ、感無量です。

きょうの【コラム顕正会】「過去をふりかえるのは悪いこと?」です。
このブログは、顕正会の体験や記憶と向き合うことに重点を置いていますが、
ほんとうに意味があるのか? 一緒に考えていきましょう。

「遺フィギュア」のリアルな世界


突然ですが…。あなたは「遺フィギュア」をご存知ですか?

参照:写真から故人を3Dフィギュア

「遺フィギュア」とは、亡くなった人にそっくりな人形のことです。
リンク先でご確認いただけますように、この会社では
生前の写真から、特殊な3Dプリンターでフィギュアを作製しています。

わたしはこれをテレビで見たのですが、とにかく細部までそっくりで、
思わず動揺してしまいました。最新のプリンター技術と、写真には映らない
故人の嗜好やクセを聴きとることで、ここまで実物に近い作品ができるんですね。

これを欲しがるのは、おもに配偶者や子供をなくした人です。
大切な家族を病気や事故で亡くした、とくに予期せぬ訃報に
接した人ほど、深い悲しみを味わうのだそうです。

悲しい物語にもめったに涙を流さない薄情な女が、その日は泣きました。
ご遺族が涙ながらに「お父ちゃんが帰ってきた…。」
「わたしも頑張らなくちゃね。」と、やさしく頭や頬をなでる姿に胸がつまりました。

身内をとつぜん亡くした経験はわたしには無いのに、なぜ、泣けるのか。
それは、元顕正会員としてのつらい経験と重なったためです。

それでは、どのような共通点があるのでしょうか。
心理学の力を借りながら、ひも解いていきましょう。

 
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「喪失体験」を乗り越えるために


わたしたちは、人生の中でたくさんの別れと悲しみを経験します。
なかでも身近な、愛する人との離別や死別は耐えがたく、
その喪失感から長期間にわたって心身に不調をきたし、苦しめられます。

これを「喪失体験」といいます。
「喪失体験」の初期では精神的なパニックや情緒不安定、
それが長期にわたり深刻化すると、うつや自殺願望を引き起こします。

顕正会からの脱会や離脱とは、人によっては愛する人を亡くした悲しみを超える、
壮絶な体験です。時間もお金も、健康も家庭も、何もかも犠牲にして
尽くした信仰を手放すという苦痛は、想像を絶するものがあります。

この痛手から立ち直り、どうしたら前向きに生きられるのか。
この「喪失体験」には、5段階のプロセスがあるといわれています。

1. 精神的ショックのあまり、事実を直視できない「否認」の段階。
2. わきあがる憎しみや悲しみ、絶望感に支配される「怒り」の段階。
3. 苦痛をのがれる方法を探り出そうと、神仏に祈る「取引」の段階。
4. 受け入れざるを得ない現実に落胆し、無気力になる「抑うつ」の段階。
5. すべてを積極的に容認し、回復に向けて歩み出す「受容」の段階。

心理学では「悲嘆の5段階」「受容の5段階」「喪失の5段階」といいます。
地の底に堕ちて這い上がれないかと思えば、いったん快方に向かい、
そのあと1〜5のあいだを行ったり来たり…という人も多いですね。

このように考えますと、顕正会での嫌な体験にこだわって
怒りや衝動が抑えられなくなるのは、ごく自然な、正常な反応です。
このプロセスを経てはじめて「受容」できる余裕ができ、回復に向かうのですね。

さらに長いこと「抑うつ」状態にありますと、過去にとらわれて進歩がなく、
人間として成長が止まったように見えます。「いつまで悲しんでるの?」
「いいかげん前を向いたら?」と激励したくなりますが、逆効果ですよ。

アドバイスを素直に実行できなかったり、すぐに感情的になったり、
なんども同じ話をするのは、まだその時期が来ていないからなんですね。
ご本人は怠けているわけでも、人生を諦めたわけでもありません。

なかなか出口の見えない、つらい時期ですよね。
しかし、どれだけ悲嘆にくれていても、やがて心の傷が和らぎ、
痛みや思い出を胸に生きようと思える、前向きな気持ちが芽生えるものです。

大切なのは「はやく元気になろう!」と焦らないこと。
「悩んでいる自分はおかしいのだ。」と、ご自身を袋小路に追い込まないことです。
これはご家族や、身近な方々にもお願いしたいですね。

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記憶がもたらす「癒し」と「つながり」


きょうは「遺フィギュア」と、顕正会体験についてお話ししました。
喪失体験と向き合ってきたご遺族の痛みは、
死別を体験しなければ実感できるものではありません。

しかし「喪失体験」という意味では、似かよった部分があります。
いくつかの段階を踏みつつ過去の悲しい出来事を受けとめ、
やがて、明日への希望につなげてゆくことができるのですね。

形見のように「亡くなった人を思い出すと供養になる」との考え方もあります。
家族そっくりなフィギュアを見て「わたしも頑張らなくちゃね。」と、
つぶやいたあのご遺族は、まもなく回復に向かうのかも知れません。

しかし、どの段階にあろうと静かにリラックスできる環境は大事です。
自己暗示や気合いで、どうにかなるものではありません。
人は心の傷が癒されてはじめて、前向きな気持ちになれるんですよね。

自分に嘘をついてまで「元気になろう!」と急ぐ必要はないですし、
顕正会を離れて、その後どのように生きるかは、すぐに決めなくてもいい。
悲しみに浸るだけ浸ってからでも、遅くはないのです。

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わたしは、ふだんの生活ではもう、つらい体験を思い出さなくなりました。
しかし、いまでも胸によぎるのは、顕正会に深く傷ついて苦しんでいる人、
苦痛に耐えきれず逝ってしまった同志の無念さと、輝かしいまでの懸命さです。

組織に残してきた、後輩たちの安否も気がかりです。
わたしたちはあの頃に戻りたいわけでも、未練があるわけでもなく、
おなじ体験者どうし痛みを分け合い、おたがいの存在を認め合いたいのですよね。

あるときは悩みごとや、素直な感情を吐き出せる相談室のように。
またあるときは、懐かしさから涙したり、微笑み合える同窓会のように。
それで心の傷が和らぐなら、過去を振り返るのも悪くはないでしょう。

もしも、このブログを見て、心が苦しくなったらページを閉じてください。
泣けてしかたない時は、こらえずに泣いてください。
頑張れなくても、いいんです。自然と、過去に旅したくなる日が来ますから。

泣いているあなたの頬をなでたり、抱きしめることはできなくても、
どこかでお互いの存在を感じながら支え合える。それは、とても素敵なことです。

あなたが再びここに来たくなったら、こころが前を向きはじめた証拠です。
その時は悲しさではなく、懐かしさに涙するでしょう。
「ノスタルジア」とは、痛みをともなう幸せな記憶なのかもしれませんね。

わたしたちは顕正会を見ているようで、顕正会をとおして自分を見ているのです。
あなたのつらく悲しい記憶がまぶしい思い出に変わるよう、
新しい世界への一歩を踏み出せる日まで、お待ちしています。 


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本日はお越しくださり、ありがとうございました。
「顕正会ノスタルジア」を、これからもよろしくお願いします。

顕正会のことをもっと知りたい、顕正会から立ち直りたい。
そして、顕正会に悩んでいるすべての方々へ。
この経験を生かし、より身近な情報をお届けできるブログでありたいです。


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