最新の動向やトレンドをお届けする【顕正会★なう】です。
本日のテーマは、顕正会が一大目的に掲げている「広宣流布」

はじめに、先月開催された総幹部会の講演をご覧いただきましょう。


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<平成29年2月度総幹部会・浅井会長講演>

「此の深法(じんぽう)今末法の始(はじめ)
五五百歳に一閻浮提に広宣流布すべし
撰時抄》」

と、こう大聖人様は撰時抄に仰せになっておられる。
(中略)この文底深秘の大法が末法のはじめの第五の五百歳に
必ず広宣流布すると、こうご断言あそばしておられるのであります。

では文底深秘の大法とは、実体はどういうものなのか。
日寛上人はズバリと仰せになっておられる。

「則(すなわ)ち是れ天台未弘(みぐ)の大法、
三大秘法の随一本門戒壇の御本尊の御事なり
撰時抄愚記

(中略)その大意はじつに本門戒壇の大御本尊、
その実体がまさに文底深秘の大法っていうんです。
(中略)

どうです。今、顕正会の折伏により多くの人々が、
我が家から戒壇の大御本尊に向かい奉り、遥拝勤行に励んでいる。
この姿こそ、まさしく戒壇の大御本尊が広宣流布しつつある姿である、

ということを思ってるんですね。(中略) 

今のこのような遥拝勤行の姿、日本全国北海道から沖縄にいたるまで、
場所を問わずみんな大石寺に向かって戒壇の大御本尊を遥拝してる。
これが広宣流布の姿であります。
(中略)

大聖人様の第利益まします戒壇の御本尊がこの世の中に出現したと
いうことを以って「一華(いっけ)を見て春を推せよ《開目抄》」
これがすなわち、”あに広宣流布に非ずや”と。

そしてその御本尊を中心に、いま冨士大石寺門流が斬々と折伏を行じている、
ということを大聖人、日寛上人が仰せになっておられるんですね。
さらに、その次に日寛上人はですね、次のごとく大事な仰せを下されてるんです。


「況(いわん)や逆縁に訳せば、日本国中広宣流布なり《
撰時抄愚記》」

逆縁に訳すれば、
もう大聖人の御在世において”広宣流布”と
おっしゃっておられるんです。
(中略)

ゆえについにはですね、上一人より下万民にいたるまで一人残らず
「南無妙法蓮華経」と唱え奉る時は、必ず来るのである。
この順縁広布、どうして疑えようか。
(中略)

そしてわたくしは、いよいよこの順縁広布の時が
「いま、来た」と思っております。

そのゆえは撰時抄に広宣流布の予兆・前兆として
お示しくだされた二つの事が今、現れつつあるからであります。(以下省略)

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平成25年・女子部大会特集号より



ご覧いただいたのは、講演スタート後4分45秒〜14分30秒までの
要旨を抜粋したテープ起こしです。
御書などの引用文は青字で、注目すべき発言を赤字で示しました。

あの女子部大会でも「今ぞ順縁広布の時」との指導がありましたね。
好意的に解釈すれば、浅井会長はいまだ”広布達成”とは断定していないし、
かつての正本堂のような、象徴的モニュメントを建てたわけでもありません。

しかしながら ”広宣流布しつつある” ”広宣流布の姿である”
 ”いま、来た”
などという曖昧表現には、違和感をおぼえます。
「まさか、広宣流布の定義を変えるつもり?」と疑りたくなりますね。

2月度総幹部会で「広宣流布」の講義に割いた時間は、約10分。
大聖人・日寛上人の御指南を引いて、かなりの熱の入れようです。
ここまで踏みこんだ発言をするのは、なにか意図があるに違いありません。


平成元年1月25日号 今や広宣流布
ここで、資料をご紹介しましょう。

左の画像は
顕正新聞・平成元年1月25日号
掲載されました、

「今や広宣流布」
と題する、
日蓮正宗大石寺
第六十六代法主・
細井日達上人の論文です。


この学会機関誌
「大白蓮華」の巻頭言には、

「広宣流布」の解釈をめぐる
当時の創価学会・池田大作氏との
やりとりが記してあります。






「すでに広宣流布しておる」


「そうです舎衛(の)三億です。」


これに対し、浅井会長は「御遺命の破壊」だと異議を唱えました。
おなじく顕正新聞・平成元年1月25日号です。

平成元年1月25日号 御遺命・今や広宣流布


正本堂を御遺命の戒壇と偽るには、
まず
戒壇建立の「時」である広宣流布をごまかさなくてはならない。
ここに正本堂の誑惑を始めるに当って、池田の要請を受けた細井管長は
法主の権威を以て ”今はすでに広宣流布”と、
白を黒と言いくるめるようなごまかしをしたのである。

「舎衛の三億」については、後日お話しします。
浅井会長はこのごまかしを日蓮大聖人・先代上人への違背だと断固糾弾し、
一連の「広宣流布」をめぐる欺瞞を訂正せよ、と諌暁を重ねたのでした。

「正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む(平成2年)」
第三章「正本堂の誑惑を破す」では、池田氏の誑惑をたくらんだ目的を、

一、国立戒壇を否定するため、
二、宗門七百年の悲願を達成したのは自分であると誇るため
三、正本堂を口実に資金を集めるため


と分析したうえ、このように述懐されています。

広宣流布がもし「流れ自体」ならば、いつでも広宣流布と言い得るではないか。
池田のこの論法は、広布の達成すなわち「終着点」を曖昧にするために
云い出したものである。広宣流布には厳然と終着点がある。
すなわち「日本一同に南無妙法蓮華経と唱へ」 て「勅宣並びに御教書」が
申し下されるその一時点こそ、終着点
であり、戒壇建立の時なのである。

「法体の広宣流布」とは、大聖人が本門戒壇の大御本尊を建立あそばされた
ことを意味する。
ならば弘安二年十月十二日に、すでにその果実は
結ばれているではないか。(中略)また広宣流布を法体と化儀に分けるならば、
戒壇建立は化儀の広宣流布の時である。しかるに池田は、日本における
化儀の広宣流布」が達成されたのか、されてないのか、このことには
わざと触れず、
正本堂建立が「世界への化儀の広宣流布の始まり」
といってごまかしている。


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「広宣流布とは現在進行形ではなく、終着点である。
終着点とは、化儀の広宣流布である。すなわち全国民の熱烈な信仰心と
妥当な手続きを経て実現する戒壇建立こそ、真の広宣流布である。」

要約すると、こんなところでしょうか。
まさに顕正会伝統の、竹を割ったような正論ですよね。

もちろん顕正会は今でも「化儀の広宣流布」を最終目標としているし、
その「広宣流布」が未来に属することは、誰にでもわかります。

究極の「広宣流布」が今ではないと分かりきっていながら、
なぜ会長は「法体の広宣流布」つまり戒壇の大御本尊出現を
引き合いにして ”あに広宣流布に非ずや” と強調なさるのか。

約10分もの間、歴代先師の御説法を頻繁に引用しながら、
なぜに「顕正会員の遥拝勤行の姿こそ広宣流布」と、新説を唱えたのでしょうか。

ご自身が広宣流布への信念と情熱を貫き続けるなら、
”広宣流布しつつある” ”広宣流布の姿である”  
”いま、来た”などという、安易な表現はしないはずです。

なぜなら会長にとっての宿敵、仏法敵対者が用いた論法だからです。
もし「法体の広布」を語るなら、かつての池田氏へのご指摘どおり
「化儀の広布」との区別を、その場で明確にする必要があるでしょう。 

そして、残念なニュースが飛び込んできました。
現役幹部より「今年の登用試験の合格率が史上最低」との報告でした。

ますます、教学力にとぼしい末端会員の混乱が避けられません。
かたや「今や広宣流布だ」と言いながら「死身弘法せよ」と命じる。二枚舌ですよね。

ひょっとすると、幹部職も惑わされているかもしれません。
わたしは、この講演を聴けば聴くほど、浅井氏は池田氏の後を追っている、
池田大作氏と同じ過ちを踏んでいると感じますが、みなさんどうでしょうか(大拍手)


きょうは「広宣流布」をテーマに、2月度総幹部会の講演を中心にお送りしました。
お読みいただき、ありがとうございました。




ああ……そうでした、そうでした。
前回のなぞなぞの答えですね♪ 画像を再掲します。
 
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左が新しい基礎教学書の広告(平成29年版)、
右が古い広告(平成28年版)です。この広告文には新たな修正箇所があります。

「さあ、新旧の違いはどーこだ?」
という、超簡単なぞなぞですね。

先日、偶然にも街頭で配布運動をしており、それを受け取りました。
会員の方々はこれを「チラシ」と呼んでいました。画像を貼りますね。

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某女性会員さん、ありがとうございます!ちなみに新旧の違いは、こちら。

①「国難」が「大国難」へ(←正直どっちでもいい)

「国立戒壇を建立して」を追加


えーっ。いままで「国立戒壇」の文字、なかったの!?
驚きですよ。昨年の夏、幹部達は言ってましたよね。

先生の折伏、一国諌暁そのものではないか。」
「ここまで大規模な諌暁が展開されることに」
「一国大諌暁の序文ともいうべき

「国立戒壇」を叫ばずして…こらこら。一国諌暁ちゃうやん!


【プレイバック顕正会】広告で国を救う?繰り返される『諌暁』の歴史

くわしくは、前回のブログをご覧ください。↑
読んでくださったみなさん、もうお分かりですね。

つまり、こういうことです。
昨年夏の広告文には、まだ「国立戒壇」が印字されておらず、
それがために、浅井さんは「一国諌暁」を明言なさらなかったのですね。

その時は、幹部だけが「一国諌暁だ」と狂喜乱舞していたのが、
新年に入ってから、こっそり「国立戒壇」を埋めこんだのでしょう。
直後の総幹部会で、初めて「一国諌暁の開始」を公言なさったのです。

すでに一国諌暁、大規模の戦いは始まっているのであります。
(1月度総幹部会・浅井会長講演より)


すでに…ですって? なんて姑息な(笑)

第六天の魔王を恐れてか、はたまた家宅捜索を恐れてか。
浅井さんは、とうとう大聖人の御遺命たる「国立戒壇」を
叫べなくなったのでしょうか。こんなの、諌暁とは言えませんよね。(涙)

「広布前夜の魔障」たる反勢力にも立ち向かわず、
ただ背を向けて独自路線を突っ走るわが師匠の幻影を拝するとき、
元弟子として言葉に尽くせぬもの哀しさで、いっぱいであります。(苦笑)

この話題に関連づけて、ご発言の整合性を検証するため、
ちかぢか「広宣流布」にまつわる浅井会長語録をまとめる予定です♪

あなたの現役時代、もしくは最新情報も歓迎します。
浅井さんの「広宣流布」に関する珍説・新説をぜひお寄せください。




 

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